ORF2017
4年前、ヘーゲルの美学講義を「わからない」と言いながら読んでいたアスリートが、五輪で闘って、そして研究者の道に進んで。
次の五輪シーズンには、スポーツの未来のために必要な哲学を示している。
2017年11月22日、慶應SFC・ORF2017に一般参加し、パナソニックのセッション
「最先端のテクノロジーが拓く スポーツの未来」を聴講してきました。
セッション映像が公開されたときにでもと思って感想をまとめていたのですが、なかなかアーカイヴされないようなので、あえて今、出しておきます。
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パナソニックのセッション、町田さんの発表は周りを圧倒していた。
アイスショーで彼がそうしてしまうように、会場の視線をひきつけ、皆の心をもっていってしまった。
他競技の特性まで調べてくる十全な準備。新しく言葉を定義してのオリジナルな分析。
事例報告や課題提案だけに終わらせず、その場で討論を試みる。
トップアスリート同士で論じる貴重な場を存分に利用していたし、
スポンサー側の岸部さんのプレゼンからvenueの語をつかみ、懸念しているリンク減少問題の説明につなげたのも機知があった。
とにかくセッションがどう展開するかハラハラしたし、試合を見るようにおもしろかった。
学会やら市民講座やら、学生時代から何度かそういうものには行ったことがあるけど、こんなにライブ感や熱気に包まれたのは初めてだ。
そして町田さん自身、知による闘いを楽しんでいるようだった。
議論の焦点は、人間が技術をどう利用し、どこまで審判を委ねるかだ。 誤審の有無や自動採点の是非ではない。
自動計測によりバイアスが除去でき、採点作業が効率化して審判も選手も負担が減るなら、導入すればよい。
しかし、その境目はどこなのか。
現在のシステムで計測・数値化できないものは何か。AIならそれを学習してジャッジできるようになるのか。
体操競技で自動採点が進んでいる「任務動作」においても、たとえば剣道の気勢や残心は測定できない。
まして「任意動作」の美まで機械が測定できるのか。
そして、アーティスティックスポーツは、AIに自動採点される美を目指していくのか。
町田さんは、不完全な人間だからこそ、高性能なシステムを使うために思考が必要であることを示した。
それは哲学だ。
哲学は、実学なのだ。
町田さんがそう言ったわけではないのだけど、しっかりと思い知らせてくれた。
そして丁寧な敬意で覆われていたけれど、町田さんは競技者らしく非常にしたたかだった。
精神性や美は機械測定できるのか。フィギュアスケートの作品を人工知能はどう評価するのか。
それはつまり、「私を測定できますか?」という挑戦状だ。
町田さんは、アスリートの魂をもっている。競うことはお互いの技術を高めることだと知っている。
だから、セッションのスポンサーを含めたシステム製作側に笑顔で握手をしながら、
シンギュラリティへの挑戦を呼び掛けたのだ。 未知の領域を拓くため、互いに知力を尽くそうと。
フィギュアスケートで町田さんが目指してきたのは、AIが学習済みの、自動判断される美ではない。
研究の一環と称しながら、エンターテインメントとして予想を越えた作品を見せてきたのだ。
初めて解説を務めたときも、自分にしか言えない表現で視聴者を楽しませてくれた。
AIに仕事を奪われるはずのない人だ。
私がフィギュアスケートのなかでも特に町田さんの演技に惹かれるのは、美の表現を、新鮮な驚きを、意志を持って伝えてくるからだ。
彼の作品は人間である私たちにこそ向けたものだ。
当たり前だけど、だから私は感動するのだ。
セッションのメモをまとめていて改めて気づき、幸せで涙が出た。
そして、人間がやるものは人間が採点するから面白いと言った、棟朝さんの率直な意見も。
熱気に満ちた会場で涼風が吹くようだった、剣道の精神を尊重する鷹見さんの凛とした姿勢も。
トップアスリートらしい強い誇りがあり、すがすがしかった。
町田さんの研究への挑戦と情熱、フィギュアスケートへの愛が伝わるセッションだった。
フィギュアスケートのファンではない人でも、研究者としての町田さんのファンになっただろう。
学術セッションでこれほど昂奮し、多幸感を味わえるとは。期待を越えたすばらしい時間だった。
一般に公開された、貴重な場を提供してくださった、主催のORFの皆様。スポンサーのパナソニック様。
魅力的なパネリストを選び、的確に指摘し、まとめながら進行された牛山先生。
本当にありがとうございました。
<パナソニック株式会社スポンサーセッション> 最先端のテクノロジーが拓く スポーツの未来
コーディネーター:牛山潤一
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濃密なセッション、学生時代よりも必死なほど、顔をあげる間もないくらいにメモをとりました。
その内容のレポは既に興味ある方々には読んでいただいたのですが、次のORF開催までに映像があがるのを信じ、ここにあげるのは見送ります。
2週間前の6月15日に町田さんの公式サイトでプロスケーターからの引退が宣言されました。
今までのプログラムについて改めてこのブログにまとめかけていたところだったので、私自身も総括的な気持ちになっていたタイミングでした。
院を出て数年はアイスショー出演と研究活動を並行するのではないかと願っていたので、今はまだ驚きとさみしさのなかにいます。
気持ちを前に向けるために、このセッションで感じたことを反芻してみています。
町田さんの未来がさらにすばらしいものとなるよう、心より願います。