旋回と跳躍と

フィギュアスケートに関してあれこれ思い巡らせたことの記録です。過去に出したものもまとめているため、時系列は歪んでいます。

[etude#1] Hommage to Charlie

2023年7月1日、町田樹さんとAtelier t.e.r.mによるエチュードプロジェクトが始動しました。

予告として5月2日のトークショー(プリンスアイスワールド横浜公演の期間に行われたイベントの2次会)でティザー映像の披露があり、それから2か月とても楽しみにしていました。

別名は「みんなのフィギュア作品プロジェクト」。ピアノのバイエルやツェルニーのような練習プログラムとして、誰でも滑ってよいとのこと。
プロジェクトのためにYoutubeが開設されました!


www.youtube.com

イントロ10秒間は足は静止、上半身の動きのみ。町田さんらしく、バレエを思わせるアームスの流れが美しいです。
そして左フォアでスタート… えっ?スタート即スリーターン?しかもダブルスリー、いやツイズル?続いてチョクトー? ええっ?

一般人が練習するには難しすぎる!!あまりの衝撃に笑ってしまいました。
これはピアノに喩えたらショパンエチュードですよね。上級者向けテクニック満載の練習曲。誰でも練習していいと言われましても。
今後レクチャー動画が続くそうですが、基礎レベルのやさしい振付バージョンがあるのでしょうか。うーん。


気を取り直して、楽譜上で構成をつかむことにしました。

★はジャンプ・ホップ、●はスピン★
0:00表記は動画再生時間の目安です

 

スタートはショートサイド、リンク北側の幕前。左右に円を描きながら優美なストレートラインステップで南へ向かっていく流れは、「Basil’s Glory」の第2幕を思い出します。

口笛の響きにのせてゆったりと舞っているように見えますが、目立つものをちょっと書き出しただけでたくさんの技が詰め込まれています。

曲全体は約2分10秒。公的な競技ではない愛好家(いわゆる大人スケーター)の大会だと演技時間は短いものが多いですが、イントロとアウトロで時間調整すれば収まるでしょうか。しかし、ジャンプやスピンを簡単にしても、こんなにステップ盛りだくさんのプログラム滑るのは大変ですよ。実際は5級相当、少なくとも3級は持っていないと挑戦するにもキツい内容ではないでしょうか。19-20小節目だけスリーターンを書き込んであります。スケートは週イチでリンクに行くかどうかくらいの趣味で、級も取っていないレベルの自分が練習できそうなフレーズを探したら、そこしかなかったです…。

この楽譜をつくっていたら、町田さんのインタビューが公開されました。

worldfigureskating-web.jp

アドバイスとして、パートごとに滑り込むこと、たとえばサーキュラーステップだけ…と話しています。なるほど、サーキュラーステップは3Tの出からの4小節ですね。スパイラルまでで一周の円になります。
スパイラルを降りて、つなぎ2小節で南へ向かいます。ショートサイド端から北端の幕前クロスオーバーまでが、少し蛇行が小さめではありますがサーペンタインステップのように見えます。

ステップのあと、終盤は華やかな技が続きます。
曲がリタルダンドしてフェルマータで伸びるところでイナバウアー、そして3T。
アウトローでスピン、さらにリフレインでピボット。

上半身は姿勢よく、腕の表現はシンプルに大きく広げる動きが中心で、エッジに乗ったスケーティングが強調されているのは「お手本」「教本」らしいところです。そしてステップを様式をふまえた軌道で実施し、氷上を十全に使って技を見せるのは、町田さんがこだわるところだと思います。

トレースは6パートに分け、色でわけた2パート1組を1枚の図にしてみました。

1)スタート、ストレートラインステップと3Tまで

 

 

2)サーキュラーステップサーペンタインステップ

 

3)イナバウアーからスピン、フィニッシュまで

 


全体ではどうなるかというと…

 

 

いやぁ、難しいですね!(笑)


実は、前回2022年のトークショーで参加者からの質問を募集された際「大人スケーターでも滑れるような練習用プログラムを振付してみませんか」という質問のフリをした要望を出しました。質問用紙は抽選箱からクジ引き形式でいくつか読まれたのですが、なんとその要望も読み上げていただけたのです。勢いで書いたので詳細は忘れてしまいましたが、振付や曲の編集を依頼してプログラムを作るのは時間的・経済的にハードルが高いこと、練習に使える簡単なプログラムがほしいことを伝えたと思います。

そのときは、ピアノを習っていたことがあるという板垣龍佑アナウンサーが「ピアノだとバイエルやツェルニーがあるから、フィギュアスケートにも練習曲があるといい」と言ってくれたのです。(ちなみに2022年はプロフェッショナルピースプロジェクトとして「ショパンの夜に」が発表され、ついでにその日は町田さんと板垣さんがお互いを教授、ピアニスト呼ばわりして弄りあうという仲良しエピソードが披露されて、ピアノは旬な話題でした)

板垣さんのフォローは「それそれ!」ととても嬉しかったのですが、町田さんはあまりノリ気なふうでもなく、上を見て「あぁ、そうですね」と考える様子でさほど肯定的な反応ではなかったのです。今思えば、すでに準備を進めていたプロジェクトに被っていたため具体的なことを話せなかったのかもしれません。

本当にプロジェクトとして実現するなんて大歓喜だったのですが、ティザー映像に映る町田さんは連続ターンしたり陸ジャンプしたり、ずいぶんと本格的なトレーニングを繰り広げていました。初心者や大人スケーターの指導はしていない町田さんが現場をどのようにとらえているのか、どんな内容になるだろうかという懐疑はありました。

毎日新聞の連載コラムでも3回転を戻したことを書いていて(2023/5/1「アスリートを知る旅路(その3)」)、もしかしたら難易度別にプログラムをいくつか作るのか、あるいは別のプロジェクトに備えているのだろうかと勘繰ったり。

トークショーでの発表時点で、町田さんは1つの技を習得するプログラムになっていると明かしていました。てっきり初心者でも挑戦できる技で、上級者は応用パターンを美しく実施するような練習になるのかと思っていたのですが、それがまさか3回転ジャンプの習得だなんて。予想の上すぎるレベルでした。

 

前回のブログ(といっても3年前です)にも書いたのですが、大学教員は研究者であるだけでなく、教育者でもあります。町田さんの常勤先は教職課程をとる学生が多い大学でもあり、教えること、指導することを課題として向き合っているように感じます。そうした経験の上での、フィギュアスケートの教材を作るプロジェクトなのでしょう。

チャーリーをトゥループとアニメの原作者名にかけていたり、作品としての設計はよく練られていて、遊び心もあってオリジナリティに溢れています。映像と音楽の収録編集をプロに依頼し、一級の教材にしたいというプライドのような熱意も感じます。町田さん、本領発揮してますよね。本気でこれをみんなに滑ってほしいと考えているのでしょう。

うーん、本気ですか。うん、本気ですよね~。

 

この数年は一般向けのバレエやヨガのワークショップも開催されていて、それらは本当に初心者向け体験講座というレベルで、説明はわかりやすく、運動としても無理のないものでした。なにより町田さんによるお手本は基本の動作ひとつでも丁寧に行き届いていて、ためになるワークショップでした。

フィギュアスケートの練習プロジェクトもそういうものを期待していたのですが、とんでもなく高度なレベルを提示されてしまいました。まったく、町田さんの作品に驚き困惑するのは何度目でしょうか。続くレクチャー動画がどう展開するか、予想できなくてハラハラしています。