旋回と跳躍と

フィギュアスケートに関してあれこれ思い巡らせたことの記録です。過去に出したものもまとめているため、時系列は歪んでいます。

ついに単行本刊行②


町田さんの著書、一通り読み終わりました。
気になったところを読み返しながら感想のようなものを書いておきます。

第Ⅰ部はスポーツはアートか否か論争について。美的(aesthetic)と芸術的(artistic)の概念や、表現の主体はどこにあるか、ルール設計や競技会という状況、鑑賞者の認識について洗い出していきます。かなり抽象的で、哲学しちゃう章でした。

でも、肯定派も否定派も分析が足りない!競技ルール虱潰しに調べてやった!どうだ、まとめたぞ!という得意げな達成感が文章の端々に出ていて、面白かったです。


ベストとワーツの論争については舞踊学会のエッセーでも載せていましたが、このときはかなりざっくりな紹介だったので正直「ふーん…?」という感じでした。この章では論点整理しつつ人名や時代背景が具体的に書かれているので、イメージしやすくてだいぶ理解が進んだ気がします。

町田さんはアーティスティックスポーツ(AS)という語を提唱していて、馴染みやすい言葉だと思いますが、英語のArtistic Sportsだと採点競技全般を指すというのは厄介ですね。
説明のなかで、定型化された技を実施する競技、器械体操などを「便宜的に」フォーマリスティックスポーツ (formalistic sport)と呼んでいますが、この切り分けはかなり重要。
フォーマリスティックスポーツには美的ではあるが独創性・創作性はないと説明されています。これはつまり、あとに出てくる「任務動作」の比率が高い競技ということです。

アートか否か論争は観念的に陥りやすくてわかりづらいですが、要点は章末の表1(p.70)にまとまっていました。

というか、この章は表が1つしかないんですね。もうちょっと作表してほしかったな。
pp.50-51で13競技を羅列してルールを抜粋してるけど、脚注がもはや脚注ではなくなっているので、一覧表にしたほうがすっきりしたと思います。
でもしかたないか、まっちー、ぜんぶ数えてつらつら読みあげるの大好きだし。

 

第Ⅱ部は、ASは著作権法の保護対象となるかどうか、著作物の定義を丁寧に確認しながら、ASのプログラムにおける表現とは何かについても論じていきます。創作的に表現されたものかどうかの判断が重要ですが、第Ⅰ部で芸術や表現の概念をあーだこーだと考えてきたあとなので、頭に入ってきやすかったです。いやぁ、第Ⅰ部がんばって読んだ甲斐がありました。

著作物における創作要素・単位を「言語」と「舞踊」で対比させたのは、とても工夫されていると思います。
言語だと、単語ひとつひとつや熟語・慣用句には著作物性は認められないが、文章・文学作品になると著作物性が出てくる。これはわかりやすい。
それをバレエならパ、パのバリエーション、演目に。フィギュアスケートならステップなどの要素、シークエンス、プログラムに当てはめることで、分類の助けにしています。
これは2019年の知財学会誌の論文「著作権法によるアーティスティック・スポーツの保護の可能性 —— 振付を対象とした著作物性の画定をめぐる判断基準の検討」に既に載っていて、面白くて納得できる論理展開だなと思っていました。分析に苦心されたでしょうね。
表2(pp.98-99)で境目を「分水嶺」と記しているのが、本書冒頭の「汽水域」とつながる水にちなんだ言葉遣いで、町田さんらしいです。(でも、分水嶺なら「越える」だと思うのですが、「基準・条件を満たす」という文脈だから「超える」なのかな?)

それからキーワードになっている2つの概念、「任務動作」と「任意動作」。これを私が初めて聞いたのは2017年のAI採点についての議題でしたが、もともと著作物性の画定のために考えていたものだったんですね。AI採点のほうは、最新技術に関わる問題について町田さんがどう話すのか予想もつかずに聞きに行ったのですが、しっかり自分の視点をもって研究対象と結び付けていたのだと、今になって気づかされました。


著作権関連はどこまでOKでどこからNGかわかりにくく厄介というイメージしかなかったのですが、著作権法の保護対象になれば、実演者や振付師の権利を守り、作品をアーカイブする重要性が高まることになります。
町田さんがなぜ取り組んでるかを理解してからは、その姿勢がまぶしいです。

 
ただの感想のつもりが長くなったので、第Ⅲ部以降は改めます。