旋回と跳躍と

フィギュアスケートに関してあれこれ思い巡らせたことの記録です。過去に出したものもまとめているため、時系列は歪んでいます。

ついに単行本刊行④

感想のような読解メモのようなもの、続き。

第Ⅳ部の社会調査分析は、私も嬉々としてアンケートに回答した身なので、研究の役に立てたのかどうか大変気になっていました。回答形式が多様で自由記述が多く、これは回答集計するのが大変そう、一人じゃ無理なデータ量だし、ほんとうに社会調査になるの?と心配でした。
設問は件の方々と検討したものだったのですね。音楽ジャンルの選択肢が妙に細かくて、町田さん主観のアンケート設計ではなさそうと思っていました… 集計作業にも協力があったようですね。

 分析内容はほとんど文化経済学会で発表(※1)されたものでしょうか。
鑑賞者の特性解釈として5点あげられていますが(pp.222-223)、肌感覚でわかっていたことがこの調査結果でもそのままだった、というところでしょう。
申し訳ないけれど、何をどう読んでも「回答してるの、あなたのファンですから」とつっこんでしまう。回収率8割なんて異様ですものね。ファンとしては協力できたのは嬉しいけど、バイアスかかりすぎです。町田さんの出ないアイスショーで実施すべきでした。
表8(p.227)のジャンル間転送の発生率などは、特定スケーターのファンかどうかより、個人客かツアー参加者か、リピーターかどうかといった客層の差で比較を見てみたかったです。

 第2章前半、「間テクスト性」について第Ⅲ部のリッポンの《牧神の午後》解説を踏まえて論じている箇所では、町田さんの思惟をひたひたと感じました。第I部で既に「観賞者の解釈」について論じていますが(p.63)、作者の意図を読解するには観る者の知識が必要で、その享受能力は文化資本に左右されるとする(これを社会調査で分析しようとしている)。
そのなかで「作者の意図と鑑賞者の解釈が必ずしも一致するというわけではない」と断りながら、次のように述べています。

作品を媒介にした意図と解釈による価値の創造こそが、アートをアートたらしめているからである。(p.213)

この前後 数ページを読みながら、町田さんは、フィギュアスケートを観る人たちに、作品についてもっと語ってほしいのかなぁ…と思ったのです。
《牧神の午後》について新たな解釈があれば知りたいし、町田さん自身が創ってきた作品についても理解を深めてほしがっているのではないでしょうか。それこそ、こちらの個人的な読解にすぎませんが。
振付師、演者が意図していなかったとしても(無意識に影響されていたということも含め)、プログラムの芸術性を評価するために、様々な角度から解釈し、批評することを求めています。町田さん自身は解説の仕事によってジャッジによる採点を超えた評価を試みていますが、観る側にも、感想や作品解釈を伝えることを望んでいるのではないかと思います。
考えてみれば、競技者引退後ファンによるプレゼントを辞退していたのに、スケーター引退前後は出版社による読者企画(※2)を喜んでくれたのです。あれは、たくさんの人から作品への反応を受け取れたからなのでしょう。

第Ⅴ部は、スケートリンクが減る一方なので、数字で現状を見せつけられて、だいぶ読むのしんどかったです。リンクを管理運営する2社への聞き取り調査による分析はおもしろいですが、レジャーとして人気があったのに、札幌冬季五輪によって「みるスポーツ」に価値観がシフトしたという話は、説得力あるだけに皮肉すぎました。
希望のもてる話題は江戸川区におけるスケート教育で、ずいぶんしっかりカリキュラム化されているのに驚きます。こうした実践は、公的機関や教育する側にスケートへの理解がなければ始まりません。
図4(p.256)のスケート競技者の推移がありますが、指導員の数が減り続けているのが驚きでした。リンクが減っているというのは指導員の職場が減っているわけで、実に厳しい現状です。

第Ⅵ部は決定版作品集に収録されていた論文が中心なので、既知かな~と思ってさらっと読んでいたのですが。表2(pp.328-329)がなかなか衝撃でした、ページをめくったら文献情報の「完璧町田」が目に入ってきました(笑)
ファンに社会調査したのも相当ですが、こういうのを「映像に添付すべきデータ」と自分で書いちゃうの、強いですよね(笑)

映像アーカイブの重要性は、いつも試合やアイスショーを全員放送してほしがっているファンなので全面肯定ですが。テレビ放送を動画配信サイトにアップするのは違法なので、それを資料として参照せざるを得ないのは危うい現状だと思います。日本国内は特にテレビ局に放映権を渡して他の撮影を禁じているので、何らかの形で公開して、誰でも合法的にアクセスできるようにしてほしいです。

 

最後まで読み通して。
町田さんは本当にフィギュアスケートが広く深く理解されるよう、スケーターたちが守られるよう願っていて。自分の立場からフィギュアスケートの価値を伝えようとして、研究や社会活動をしているのだと改めて感じました。

ところで、大学の教員になると研究だけに没頭できるわけではなくて、学生の指導や裏方の大学運営にも関わっていくわけですが、実技の授業はどこまで続けるつもりなのでしょう。
リンクがある学校は限られています。スケーターが学校の先生になってもスケートの実技を教えることは難しい。
でも町田さんはダンスの授業を教えることができている。中学校の体育でダンスが必修になったので、大学でもダンスを一般教養科目として設置しているところが増えました。町田さんが早いうちから実技を教えることを狙っていたのかどうかわかりませんが、専攻を問わず全国の大学で授業を担当できるのは有利です。
学生にスケートを教えるのはまず設備的に難しいだろうけど、スケートへの関心をもたせる授業をしてくれているといいなと思います。彼らがリンクの近くに住んだとき、子供にスケートをさせる可能性が少しでも上がってほしい。もし教職についたら、学校でのスケート教育に関わってくれるかもしれないですし。
そして教育を通じてでも、身体を動かすこと、表現することを続けていてほしいと願ってしまいます。そこはどうしてもファン目線になってしまって、しかたないですね。

第Ⅳ部についての感想で、作品を語ることについて書きました。このブログには町田さんの作品についての自分なりのトレース図を載せていますが、書きかけで放置していたのを見直して、また追加していこうかなと、ようやく思えました。
ジャンプやスピンを見分けられない上に、音楽や舞踊の知識も乏しく、ライブでフィギュアスケートを観るときは興奮してわぁわぁ言うだけの享受能力ですが。
今までただ「美しい表現」くらいに認識していたものを、aestheticかartisticか考えてみるだけでもおもしろそうです。

この本を読んで教わった視座をちょっと意識して、映像を見直してみようかと思っています。

 


※1:発表内容は「アーティスティック・スポーツプロダクトから文化芸術市場への〈ジャンル間転送〉現象の考察 —— フィギュアスケート鑑賞者の消費行動分析を主軸として」(『文化経済学』第15巻第2号)に収録
※2:
『町田樹の世界』での振付作品に贈る言葉、『町田樹の地平』でのファンアート画像の投稿企画